【ネタバレ】「聖なる侵入」フィリップ・K・ディック

THE DIVINE INVASION (1981)
Philip K. Dick



聖なる侵入〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)
早川書房
フィリップ・K. ディック

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ついに明らかになるディック宇宙の「解答編」

サンリオといえばキティさんですが、その昔、サンリオSF文庫というけっこうコアでマニアックなラインナップの文庫を出していたことは、SFファン以外では覚えてる人も少なかろう。
このサンリオSF文庫の存在価値の70%は、一連のディック作品にあると言っても過言ではありませぬ。
ハヤカワが出してくれなかった「暗闇のスキャナー」「流れよ我が涙、と警官は言った」「死の迷宮」といった名作群、そしてディック・ブームが来ていたとはいえ、よく出版できたなと思わずにいられない末期のキチガイ3部作。(いや、サンリオが出していたから「キティガイ3部作」というべきか)
残念ながらサンリオキティさんで食べていく会社に成り下がり、SF文庫は丸ごと廃刊。
幸い創元社さんハヤカワさんで絶版名作の多くをサルベージしてくれましたが、キチガイ3部作の第2作「聖なる侵入」は今再び絶版のようです。
管理人はこの貴重なサンリオディック本のほとんどを、ブックオフに売らずに押し入れに保存しておいたので、少しずつ引っぱり出してネタバレビューしていきたいと思いますじゃ。

ディックという作家は存命中は不遇で、貧乏なうえに精神も病んで薬物依存も年ごとにひどくなっていった。
そのため死期が近づくにつれ正気は失われていき、作品はいっそう濃密になっていく。
そして人生の最後に、ディックの頂点にして最も狂った3部作を残したわけです。
遺作「ティモシー・アーチャーの転生」の前、最後から2番目の作品が本作「聖なる侵入」。(そういえば「最後から2番目の恋」ってドラマがありますが、タイトルの元ネタはディック「最後から2番目の真実」だよね)
3部作の第1作「ヴァリス」と対になる作品ですが、ハッキリいって「ヴァリス」を読んでなくてもぜんぜん大丈夫、というかむしろ「ヴァリス」を読まないで、「侵入」を先に読んだほうがいい。
というのは「ヴァリス」は作者ディック自身を主人公にした真にキチガイな小説である一方、「侵入」はずっとわかりやすく、小説として整っているからです。
SFとして「ヴァリス」よりはるかに面白い。


*** ネタバレあらすじ ***

主人公の1人ハーブ・アシャーは平凡な地球人であり、ディックの分身であり、読者を代弁する人物でもある。
彼は事故にあって死亡したが、臓器を修復すれば蘇生する可能性もあるため、遺体は冷凍保存されている。
遺体保存所のそばのFM局がミュージカル「屋根の上のバイオリン引き」の曲を流しているのだが、保存装置がなぜかこの電波を受信してしまい・・・
死んだアシャーの脳内(意識内)では、彼が地球に帰還する以前の植民惑星でのできごとを回想、というか再体験しているのだが、なぜかBGMに感傷的な「屋根の上のバイオリン引き」の曲が延々と流れているという笑える状況に。
(回想の中では「あらゆる空間からミュージカルの曲がにじみ出てくる」という不思議な事態になって辟易するアシャー。これって「神」もこのように普遍的に存在するってことを暗示してると思われ)

さて、死んだアシャーの脳内の回想とは。
荒れ果てた植民惑星で、お気に入りのシンガー「リンダ・フォックス」の曲を聴きながらダラダラと暮らしているアシャーだが、ある時、地球から追放され今はこの星の神となっている「ヤー」からメッセージ(というか命令)を受け取る。
ヤーとは旧約聖書の唯一神ヤハウェキリストの父なる神アラーの神である。
この物語の真の主人公はヤー、つまり神様なのです。
紀元73年、マサダの戦いにおいてイスラエル軍がローマ軍に敗れた時、同時にイスラエルの神ヤハウェ悪魔ベリアルに破れ、宇宙に逃れたのである。
それ以来、地球は神様不在の悪魔が支配する星となっており、我々が暮らしている「現実世界」というのは「神が創った本来の世界」ではなく、「悪魔によって改変された邪悪な世界」なのだ。(というディックの世界観・・・ まさしく中2病デース!)

アシャーの隣に住むリビスという女性、その胎内にヤーは宿り(処女懐胎)、リビスの息子として実体を持って、この世界に生まれてくる・・・ それがヤーの計画。(実体を得ることにより、ベリアルに対抗できる力が得られるらしい)
アシャーリビスと結婚し、夫婦となって地球に帰還しなければならない。
地球はベリアルの邪悪なゾーンに覆われているが、胎児という姿ならベリアルの監視をすり抜け、ヤーも地球に侵入できるであろう。
リビス多発硬化症という病気を患っためんどくさい女で、アシャーは彼女と結婚、「妻の病気の治療のため」という名目で地球への帰還の許可を取る。
彼らをサポートするのは、預言者エリヤの転生であるエリアスという老人。

その頃の地球は、カトリック大司教(彼が崇める神の正体は悪魔ベリアル)と共産党書記長が同盟を結んで支配していた。
コンピューターが「邪悪な存在が地球に侵入しようとしている」というお告げを出したため、大司教はあわてて監視体制を強める。(地球に侵入しようとしている悪魔こそ、本当の神なわけですが)
その監視の目をすり抜け、無事に地球へと到着したアシャー夫妻エリアスだが・・・
地球政府側の事故を装った攻撃により、アシャーは死亡。
リビスも隠れ家で息子マニーを出産後、死亡。
生まれたばかりの赤子エリアスが盗み出し、こっそりと育てることに・・・


月日は流れ、エリアスを保護者として、少年に成長したマニーは学校に通うことに。
事故の影響で脳に障害があるので、特殊な養護学校に入るのだが、そこでマニージナと名乗る不思議な少女と出会う。
ヤーとしての記憶を取り戻しつつあるマニーに対し、ジナは議論を挑んでくる。
「人類を滅ぼすような「神の裁き」は厳し過ぎる、やめるべきよ」
旧約聖書の神として厳格な一面を見せるマニーに、ジナはこの世界の美しさ、素晴らしさを伝えようとする。
ジナマニーの正体を知っており、マニーと同等以上の「神の力」を持っているのだ。
後半からは、この2人の「神」の議論、勝負がメインになってきます。
ジナマニーの前で世界を改変(というか新しい世界を作り出したのか?)、そこは誰もがハッピーな夢の国
この「ジナの世界」にはベリアルは存在しない。(幽閉されている)
そしてアシャーリビスも生きており、アシャーはめんどくさい妻のリビスと別れ、あこがれのシンガー「リンダ・フォックス」とおつきあいできることになってウキウキ。
マニーは、この世界の軽薄さにあきれながらも、確かに人間たちは幸せに暮らしていると認めざるを得ない。
そしてついに、彼はジナの正体を思い出す。
彼女は神の「女性原理」・・・
本来、2人は1つの存在、1つになってこそ完全な状態であったのだが、神の女性的側面であるジナと、男性的側面であるマニーとに分裂、不完全な状態に陥ってしまったのだ。

今や2人は1つとなり、完全な状態となった。
世界をユートピアに変え、動物園の動物たちも解放してあげましょう・・・
ジナが最初に檻から解き放った子山羊が、醜く変化する。
それは子山羊に化けていたベリアルだった!
解放されたベリアル「神」に宣戦布告、姿をくらます。
ウキウキしながら「リンダ・フォックス」の家に向かっていたアシャー、しかしその途中で世界はガラッと暗黒に変わる
山羊に化けたベリアルアシャーの車に乗りこみ、アシャーの体を操って車を運転させ、「リンダ・フォックス」のもとへと向かわせる。
ベリアルの目的、それはアシャーに、彼にとってこの世界の美の化身である「リンダ・フォックス」醜い真の姿を見せること。
至近距離で見れば、「リンダ・フォックス」など容色衰えた厚化粧の中年女にすぎないのだ。
その醜さを見ればアシャーは、ヤーの作り出したこの世界に絶望、ヤーを軽蔑するであろう。
被造物である人間による、神の否定・・・ それがベリアルの狙いなのだ。
「ジナの世界」とは反対に、「ベリアルの世界」は、この世界の醜い面暗黒面ばかりが見えるようです。
お、これは「火星のタイムスリップ」に登場する「分裂症」の世界と同じですな・・・

アシャーは自分ではどうすることもできずに「リンダ・フォックス」の家に到着、「君へのプレゼントだよ」と、子山羊の姿のベリアルを手渡す。
「あら、かわいい」と言いつつ「リンダ・フォックス」が指で子山羊に触ると・・・
ベリアルは死んでしまった!
「リンダ・フォックス」の正体、それは「神の裁き」の前に「人間を弁護するもの」
が人間を創った時以来、人間とともにいて人間を慰め、力づけていた存在
うーん、イエス・キリストに該当する存在なのでしょうか?
死んだベリアルはその正体を現す・・・ それは巨大な凧。(人工衛星?)
かつては「明けの明星」として天で輝いていたのだが、堕落して地上に落ち、邪悪な者となったのだ。
ここで物語は終わりですが、この後は完全になった神(マニー&ジナ)が世界を正常な姿に戻すようだし、アシャーにも幸福な人生が待っているっぽい。
ディックにしては珍しく、完全なハッピーエンドですね。


この作品で、ディック世界の宇宙の構造が見えてきますね。
1、「ジナの世界」あるいは「ベリアルの世界」のような非現実の世界
他作品では、ドラッグ分裂病によって出現する世界、「夢を見せる機械」などによって作り出された世界。
2、いわゆる「現実の世界」、我々が現実と思っている世界。
しかし不完全な状態の神が作り出した、不完全な世界であり、「真実の世界」ではない。
3、完全な神が作り出した完全な世界、この宇宙の本当の姿。
「真実の世界」であり、理想のユートピア。

これまでのディック作品は、「人間」の視点から上記のような構造の宇宙を体験する物語であり、断片的にしかその全貌は見えてこなかったのです。
本作では世界を創り出した「神」の視点から描かれてますので、ようやく全体像が見えてきたわけですね。
多くの謎を残してきた過去のディック作品解答編といえるでしょう。
ディック作品を奥深いものにしている要因は「3」の世界の存在(を暗示すること)にあると思います。
「トータル・リコール」なんかは「1」「2」しかないから、奥行きがないんだよ。
ところで管理人はキリスト教嫌いだし、唯一神ヤハウェの正体についてはディックとは別の考えがありますが、ネタバレとは関係ないし、また今度にしよう。
まあ、ディックの生涯の総仕上げともいうべき傑作ですよ。

他のディック作品はこんなの取り上げてます

「高い城の男」
http://puripuriouch.at.webry.info/201601/article_3.html
「火星のタイム・スリップ」
http://puripuriouch.at.webry.info/201209/article_33.html
「死の迷宮」
http://puripuriouch.at.webry.info/201709/article_5.html
「流れよ我が涙、と警官は言った」
http://puripuriouch.at.webry.info/201508/article_1.html
「聖なる侵入」
http://puripuriouch.at.webry.info/201407/article_6.html
「ティモシー・アーチャーの転生」
http://puripuriouch.at.webry.info/201703/article_18.html

映画化作品
「ブレードランナー」
http://puripuriouch.at.webry.info/201212/article_10.html
「トータル・リコール」
http://puripuriouch.at.webry.info/201403/article_16.html
「マイノリティー・リポート」
http://puripuriouch.at.webry.info/201707/article_16.html











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